プロフィール


訪れてくださり、ありがとうございます。

はじめまして サロン輝八 
水谷 明日香と申します。
水谷明日香(みずたに あすか) プロフィール*
大学卒後一般企業に就職。祖父母の介護が切っ掛けとなり福祉職に転職。
以来、20年ほど精神医療に携わる。公的機関や病院で相談援助を行う中で、
漠然とした不安を訴える方が多く「生きる力が弱くなっている」と感じる。
より良い支援をしたく自己研磨する中で、シンボリックリメソッドに出会う。
私自身、不安や疑問を感じると答えを外側に求めていた。
しかし、シンボリックメソッドに出会い、不安や疑問を自分に問いかけるだけで、
その答えが引き出された。「答えは自分の中にある」ことを確信。
自分の内側から出た答えなので、納得でき、すぐ解決できた。
以来、シンボリックメソッドを使用し、漠然とした不安の中で
自分を見失っている方、もっと自分らしく生きたいと思っている方、
本当の自分の望みを知り、開運し幸運を手に入れたいと思っている方
のカウンセリングを都内で行っている。
私は精神保健福祉士として20年近く、病院や公的機関で
こころの病を患った方の相談援助業務に携わってきました。
精神保健福祉士とは、メンタルヘルスに特化した国家資格です。
『病によりさまざまな生活問題を抱えながらも、
人生の主体者である本人の自己決定を支援する』専門職です。
私はその専門性を活かし
『人生の主体者である、あなたの自己決定を支援する』
『あなたに寄り添う支援』
を、スタンスにしています。

自分を知り、自分を愛し、
ここちよい人生を歩む。
その一歩を応援します。

けれど、私のカウンセリングは、
あなたの望む未来の答え

見つけることが目的ではありません。

その目的を達成すること

更にそれを発展させること

自分を知り、
ここちよく安心して過ごせる
人生を手に入れて欲しく

カウンセリングを行っています。

お気軽にお問合せ下さい。
《経歴》法政大学卒。うお座。
大学時代から祖父母の介護がはじまる。
一般企業に就職後、祖父母が認知症も発症。
仕事の側ら、ヘルパーの資格を取る。
まだ介護保険制度がなく
「介護は在宅で、長男の嫁が看るもの」の時代。
施設や在宅実習を通して
「今後は、介護者のメンタルケアが必要になるのでは?」と思い、
これを切っ掛けに、精神医療の専門学校へ入学。
高齢者デイケアや精神科作業所などでボランティア活動を行う。
国家試験合格後、精神科病院や公的機関で相談援助業務に携わる。

認定精神保健福祉士。社会福祉士。ストレスチェック実施者。
シンボリックトレーナーなど。
<趣味>マルセイユタロット、パーミスト(手相鑑定士)

 

あなたが本来持っている生きる力を引き出し、
あなたが本当に望む人生を選択し開運しませんか?

 

*さらに詳しいプロフィール*

2000年 私は精神保健福祉士の国家試験に合格し、

これを境に、私の生き方の第二ステージが始まりました。

大学卒業後、一般企業に就職。福祉の仕事に就くことなど全く

考えたことがなく、大学もバイトも就職先も都内で過ごしました。

そんな私がこの資格を取得する切っ掛けは介護です

大学の頃から、祖父母が入退院を繰り返すようになり、
大学卒業後、就職した頃には、認知症も始まりました。

だんだんと状況は進行し、静岡までの通いの介護では対応できなくなり、
一度は私の実家で母方の祖父母を引き取り介護しました。
祖父母は「うれしいよ。ここだと安心。」

しかし、口は出しても手は出さない身内の散々な言動に、
泣く泣く祖父母は静岡へ戻り、そのまま別々の施設へ入居しました。
祖父母の気持ち、母の気持ちを思うと辛くて、自宅のトイレの手すりを
見る度に、やりきれない悔しい思いが残りました。

まだ介護保険制度がなく、「介護は自宅で長男の嫁が看るもの」
という風潮の中での手探りの介護。そんな中、父方の祖母は
「嫁はこうあるべき」「女はこうあるべき」と自分の在り方が強く、
それに相手を従わせる考えの人。女は短大を卒後し、祖母が決めた人
と結婚する。結婚は、家と家の繋がりを強くするもの。

結婚で一番重視することは、食べることに困らない経済力。次に学力、
人柄という考え方。恋愛結婚なんてもってのほか。いこと達は、祖母が決めた相手
と結婚しました。祖母は、男勝りで頭が切れ、祖父が営む事業を拡大するやり手
でした。私から見ると自分の考えを押し付けるやり方、そうすれば幸せになるという
一方的な押し付けが、傲慢で、女性を卑下している冷酷な人にしか見えませんでした。

母に対しても冷たく、その態度が受け入れられませんでした。
祖母のようにはなりたくないと父にも反抗しました。

 こんな環境の中でより良い介護の方法を見つけたく
仕事の傍らホームヘルパーの講座に通いました。
病院や在宅介護の実習へ出向くと疑問が湧きました。
「介護する人のメンタルヘルスは、誰がサポートするの?」
疑問を担任の先生に投げ掛けたことで、私は精神保健福祉士と
言う職業を知りました。

これからは、
「メンタルヘルス。心のケアが必要になるのでは…」
と思い始めました。

 当時、一般企業で男性に負けたくなく、がむしゃらに仕事を
していました。就職氷河期で希望するところに就職はできませんでしたが、
ご縁があり就職した会社で、学生と社会人の違い、社会で仕事をする
ノウハウを学ぶことが出来ました。

まだ、男女雇用機会均等法がない時代。
女だからと現場の職人さんや取引先のお客さまに相手にしてもらえず、
認めてもらえない、辛い経験もしました。

しかし、どうしたら認めてもらえるか?
どうしたら指名してもらえるか?

先輩のやり方を見てまねて働きました。
仕事はとてもハードで、入社3年目で同期入社11名の

7名退職していました。
幸いにもだんだん仕事で認められるようになり、
お客様からは指名してもらえ
「君の上司に頼むより、君に頼んだ方が確実だ。」
と、ある会社の社長さまに言われた時は、うれしかった。
職人さんも「お前はしつこい」と言いながらも「がんばれよ」
「お前の仕事は先にやる」と言ってくれるようになり、やりがいを感じて
自分の可能性の広がりを感じ始めていた時に、精神保健福祉士の職業を知りました。

 これからは「メンタルヘルス。心のケアが必要になる。」その思いが離れず、
転職することを決めました。大学の温室から社会に放り出された厳しい環境の中で、
何とか乗り越えられたのは、会社の同期の仲間です。辛いことを吐き出し、支え合い、
認め合い、辞めた同期とも定期的に集まり、お互い支え合いながら
乗り越えることができました。

人は一人では生きられない。皆どこかでだれかを支ており、
支えられているんだなと思います。そうでないと
この世の中を生きて行くことは、しんどい。

退職後、国家試験を受ける為に必要な、受験資格を取る為に、
専門学校に入り単位修得する勉強の側ら、高齢者デイケア、
精神障碍者の作業所などでボランティア活動をしました。

 国家試験合格後の就職先は、多岐に渡り、子供から高齢者までさまざまです。
公立や民間施設、病院、クリニック、診療所とある中で、私は入院設備のある
精神科病院の勤務を希望しました。

なぜなら、
こころの病気で最も辛い病状の状態に置かれるのが入院です。
最も辛い状況を知らずして支援ができるか?と思ったからです。
病気を患うとはどんな状態なのか、どのように回復していくのか、
社会復帰はどうしたらできるのか、その中で私はなにができるのか。

当時、病院の求人がありませんでした。同じく病院勤務を希望した
同級生はあきらめて違う道へ。でも、私はあきらめませんでした。

会社を辞める時「なんで辞めるの?やっとここまで来たのに」

就職活動中は「なんで早く決めないの?もうすぐ4月になるよ」

なにを言われようが、福祉の道へ進みたい気持ちは変わらず。
むしろ何か、その道の方向へグイグイ引っ張られる感じでした。
早く決めたら、
やりたいことをあきらめることになる。私は、新卒ではない。
チャンスは一度。弱気になって流されてはいけないと、時を待ちました。

時は、意外な形ですぐにやって来て、私は希望通り病院へ就職。
多岐に渡る、多くの患者さまの相談支援に関わらせて頂きました。

 

 

社会人第二ステージ。
一般企業から福祉の道へ転職する人がいない時代。

当時は、まだまだ閉鎖的要素が残る組織や環境。
今までの生活とは180度異なる環境に慣れることに、苦労しました。
しかし、入職するとき理事長に言われた言葉は「新しい風を入れてください」
めげる訳にはいかない。知識はあっても経験がない。前に進みたくても、
後ろや左や右に行きたくても一筋縄ではいかず、
一つ一つ向き合い、少しずつ進む。そんな仕事のやり方でした。

 当初は、右も左も分からず辛くてしんどくて、
身を削るような仕事の仕方しかできなかった。
突発性難聴になり、耳鼻科の先生に
「仕事を休め。休まないと聞こえなくなる」
と注意されたこともありますが、
この仕事を辞めたいと思ったことは一度もない。

なぜなら、人は皆生きる力をもっている。
今は自分を見失っているだけ。
生きる力を取り戻す支援がしたいので続けています。

どんな時でもがんばれたのは、
いつでも朗らかに微笑む、母方の亡き祖母の姿です。

 私の仕事への思いやスタンスは転職を決めた時と変わらず、
こころの病になることは、誰もあり、
病にならなくても気分が落ち込むこと、
先が見えなくて不安になることがある。

生きる力が弱くなることばかりの生活環境。
誰かに吐き出しスッキリして、自分と向き合って、
生きる力を取り戻して欲しいです。
その人らしい人生が歩めるよう、
自分を責めず、今の自分を認めていいと
これからも伝えていきたいと思います。

私は長年、父方の祖父母を受け入れることが出来ませんでした。
しかし、血は争えず私も「こうしなければ」「こうあるべき」の
概念の刷り込みが強く、なかなかここから逃れることが出来ませんでした。
「こうでなければならない」この考え方を変えたい。
祖母を恨む自分を変えたい。娘はこうあるべき。という役割から逃れたい。
その為に、なにか方法はないかと探しました。
いろいろ試し、学び、その中で出会えたのが
シンボリックリーディングというメソッドです。

今までは、モヤモヤしている原因の答えを外に求めていました。
なんとなくは理解できるのですが、スッキした答えではない。
しかし、シンボリックメソッドに出会った時「これだ!」
と腑に落ちました。答えはあなたの中にある。
答えを外に求めていましたが、
答えは私の中にありました。

自分と向き合い 自分の心の声に従うだけで
あなたがあなたらしく 心地良く生きて行けます

私はあなたの応援サポーター

お気軽にお問い合わせください。

最後までお読み下さり、
ありがとうございました。
サロン輝八 水谷明日香